留学紀行

留学紀行 熊谷玄太郎

留学先:マイアミ大学
―The Miami Project to Cure Paralysis―
へ留学させていただきましたので御報告させていただきます。

アメリカ合衆国マイアミ大学に2011年4月から2012年3月までの1年間海外留学する機会を頂きました。
マイアミは 米国フロリダ州の南部、フロリダ半島の南東端に位置する、世界的に有名な観光都市です。経緯は、北緯約26度/西経約80度で沖縄の那覇のやや南に位置します。マイアミは暖かいところという印象で行きましたが、4月に飛行機を降り立った瞬間から青森の真夏並みの体感気温でした。6月からの雨季になると、毎日夕方に滝のようなスコールが降っていました。7月から9月までは、想像を絶するような暑さでした。

 マイアミ市の人口は約36万人で全米47位にあたります。約56%がヒスパニック系と言われています。実際に、街を歩いたりや店で買い物や食事をするとスペイン語を聞くほうが多く、英語が通じないこともありました。
 マイアミ市の面積は約5,000平方kmであり東京の約2.5倍にあたります。マイアミの日本との時差はマイナス14時間であり、日本からの飛行機では乗り継ぎを要し、たどり着いた時には疲労困憊となります。マイアミといえばマイアミビーチ!です。 どこまでも続く白い砂浜、エメラルドブルーの海、ヤシの並木のある憧れのリゾート地です。マイアミは冬が観光シーズンで、世界中から多くの観光客がマイアミの暖かさを求めやってきます。

留学紀行 熊谷玄太郎

マイアミ大学(University of Miami、略称:UM )は、フロリダ州マイアミ市南西郊の高級住宅地、コーラルゲーブルス市に位置する私立総合大学です。フロリダ州では最も優秀な大学で、U.S.News&World Report誌の大学ランキングでは、同校は常に全米の大学の中で上位100位以内にランクされています。医学部のキャンパスおよび病院(Jackson Memorial Hospital)は本学部より北に電車で10分ほどに位置し、大学全体では移植医療や眼科での分野が有名です。私が所属したMiami Project は,脊髄損傷をメインに脳損傷も含めた中枢神経の再生を研究しているマイアミ大学医学部附属の機関で,1985年に設立されました。基礎から臨床まで数多くのラボがあり,研究者も200人を超えるため,研究内容はかなり多岐にわたります。その中で代表的なものは脳・脊髄損傷に対する低体温療法,脊損に対するシュワン細胞移植,cAMP 投与ではないかと思います。私のボスである,Prof. Dalton DietrichはMiami project全体の責任者であり、非常にまじめで面倒見のいい先生でした。当初英語の会話に不自由していた私にも分かりやすく会話してくださいました。また、ときどき私の席まで来て下さり、実験のことだけでなく、私生活のことも気にかけてくださいました。私のラボのメンバーは指導する立場のPIが4人、ポスドクがおよそ 6 ∼ 7 人,テクニシャンが5 ∼ 6 人ほどで成り立っています。これに加えて大学生,大学院生などが随時数名在籍しています。国籍はアメリカ、インド,スイス、コロンビア、キューバ,中国など多岐にわたります。この他、Miami project内には20近いラボがあります。同時期に日本からMiami projectに留学されている先生が4人いらっしゃり(東北大整形外科菅野晴夫先生; Dr. Bunge Lab所属、日本医大救急横堀庄司先生; Dr Bullock Lab所属、日本大学救急櫻井淳先生; Dr. Dietrich Lab所属、防衛医大脳外科戸村哲先生; Dr Dietrich Lab所属)、公私ともにお世話になりました。マイアミプロジェクトでの私の研究テーマはヒト間葉系幹細胞の臨床応用に向けた動物実験(ラット脊髄損傷モデル)でした。数週間アニマルトレーニングをおこなって、本格的に実験が始まりました。移植実験は大変でしたが、スタッフの協力もあり、なんとか進めることができ、学術論文とすることができました。

アメリカ生活はほとんどが初めてのことで、特に最初の生活セットアップに苦労しましたが、家族の支えがあって何とか乗り切ることができました。留学当初から同行してくれた家族には非常に感謝しております。
最後に海外留学を支援してくださいました藤教授をはじめとする弘前大学整形外科教室の皆様、植山和正先生をはじめとする青森県脊椎懇話会の皆様、整志会の皆様に心より感謝を申し上げます。

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